研究紹介・研究テーマ(Research)

わたしの研究は、心理学の研究を通して疑問を持ち探求するようになった課題を、哲学的に探求するものです。

現在は、意識と脳の問題の哲学的探求もしています。特徴統合理論を言語(学)的に解釈するのが、現在のわたしの研究の特徴です。この解釈では、脳内のニューラルネットが計算をしているというよりも、むしろ、〈文〉の生成をしていると理解します。〈文〉の生成は、まず複数の述語に相当するものが処理され、それらが主語によって統合される形で、成立すると考えます。

言語(学)的な再解釈をするために、まず特徴統合理論で特徴と呼ばれているものを述語と捉え直します。そして、特徴統合を述語の主語による統合と、解釈します。再度言い換えると、特徴統合を、〈述語=特徴〉が統合されて〈主語=対象の表象〉が成立していく過程であると、理解するわけです。

特徴統合を〈文〉の成立過程であるとする理解から、重要な理論的推論が引き出せます。すなわち、〈文〉が成立してから〈命題〉が抽出可能となり、〈命題〉が抽出されてから、〈論理〉の構築の構築が可能となると推論できます。従って、特徴統合の言語(学)的再解釈は、脳内での基本的なプロセスにおいては、まず前論理的な述語処理が主語的統合を経ることで〈文〉が成立し、その後で論理的な構造が出現するという順序があることを示唆するのです。

この考え方は、並列分散処理の中間層において、条件付き確立による正解を推論しているとする理論とは、本質的に異なります。述語性の処理を基盤として、それに相応しい主語を探索するという、より言語的否むしろ散文詩人の創作過程に近い創造的な知覚世界の描写がなされているという理論的解釈になるからです。この理論的解釈により、哲学とより親和性のあるニューラルネットワークの理論を形成していくことが可能となるものと考えています。

並列分散処理の中間層で、統計確立の理論に基づいた、データからよりもっともらしい世界の知覚像を推論していると考えることは、脳があたかも科学者のように推論をしていると想定することです。しかし、中間層では、データから必ずしも科学者のように、統計確立の理論に準じた推論をしていると考える必然性はないのではないでしょうか。むしろ、データは素材であって、それらを用いて世界の知覚像を芸術家のように創作していると想定することも可能であるはずです。

芸術家が写実派であれば、描かれた作品は、科学者の描いた合理的な推論による描写の結果とほぼ同じ構造をもったものになるはずです。従って、言語(学)的再解釈に基づく、データ(述語=特徴)から創作過程によってオブジェクト表象(主語=統合された表象)へと統合され、〈文=主語・述語結合)が生成されると解釈する、ニューラルネットの理論的な考え方が、現在の条件付き確立に基づく理論と比べて、出力において大幅な差異の生じるようなことがないだろうという推論が可能です。2つの考え方は実際の出力においては、それほど大差のない構造を保持するこになると考えられます。

しかし、重要なことは、芸術家は科学者よりも、一般的に、思考や描写がより人間的になるだろうということです。ニューラルネットの言語的解釈を採用することで、脳の認知処理過程が単なる計算をしているという理解を超えて、現象学的な哲学とも親和性のある、より人間的で倫理的な理論的モデルの構築につながるものと考えています。現在、主にこのテーマの研究を行なっています。

言語的再解釈によって、脳内の認知過程の理論が、どこまでも本来の人間の認知に接近していきながらも実際には決してそれと一致できない、あたかも漸近線のようなアプローチを超えて、実際に人間的な本来の認知過程の理論へと向かうことが可能となるものと考えます。

ここに述べた研究は、わたしのこの数年間の新しい研究の展開です。この秋出版予定の『生活と言語』(北樹出版)の第一部には、この研究テーマに関する論文や発表がまとめられています。(出版予定および購入希望については、北樹出版まで、お問合せください。)

*北樹出版 https://www.hokuju.jp